あなたは「ウェアラブル」を使用していますか?

手首に時計のようにつけるスマートウォッチ(Apple Watch、Garminなど)や、fitbitのようなバンド型ウェアラブル、指輪型のウェアラブル(Oura Ring、SOXAI Ring など)も存在します。

ただ身につけているだけで健康管理ができるということで、歩数や睡眠時間、消費カロリーなどをチェックしている方が多いかと思います。

せっかくウェアラブルを使用して健康管理をしている方は、ぜひ知っておきたい指標があります。それが「心拍変動(HRV:Heart Rate Variability)」です。

最初はエリートスポーツの分野で注目され始めた心拍変動は、近年研究が進み、ストレス度合いや感情の回復力(レジリエンス)、脳の余力といったものを客観的に測ることができる指標として、ビジネスや健康経営の分野でも注目を集めています。

本記事では、心拍変動とは何か?なぜビジネスパーソンにとって心拍変動が重要なのか?について、科学的な知見をもとにわかりやすく解説します。

心拍変動(Heart Rate Variability / HRV)とは何か?

「心拍数は知っているけれど、心拍変動って何?」と感じる方が多いかと思います。

健康なヒトの心臓は実は、メトロノームのように常に一定のリズムで “ドク、ドク” と刻んでいるわけではありません。

息を吸う時はわずかにリズムは速くなり、息を吐く時はわずかに遅くなっており、心拍の一拍一拍の間隔(= “ドク” から次の “ドク” が起こるまでの時間)は、実は毎回ちょっとずつ変化しているのです。

この一拍一拍の間隔の微細な揺らぎのことを「心拍変動(HRV)」と呼びます。

一見すると、心拍のリズムは規則正しい方が良い(=健康的)に思えるかもしれませんが、実際は逆です。

私たちの体は、緊張や興奮を司る「交感神経」と、リラックスや休息を司る「副交感神経」の2つの自律神経によってコントロールされていますが、心拍変動が高い状態(=揺らぎが大きい / リズムが一拍一拍で毎回変わる)というのは、この交感神経と副交感神経が状況に応じて素早く柔軟に活性化していて、環境にうまく対応できている状態と言うことができます。

逆に、慢性的な疲労やストレスが続くと、交感神経が過度に働いた状態となり、すると心臓のリズムが固定されていきます(=揺らぎが小さい / リズムが規則正しい)。これが、心拍変動が低い状態です。

つまり、この心拍変動の数値を見ることで「今の自分がどれだけ余裕を持って環境に対応・適応できる状態にあるか」を数値で把握することができると言えるのです。

心拍変動が低いと仕事にどんな影響が出るのか?

心拍変動が低下している状態だと、ビジネスの現場ではどのようなことが起きやすくなるのでしょうか?脳の構造の話から少ししていきます。

ヒトの脳には、大きく分けると2つの重要な役割があります。一つは「前頭前野(ぜんとうぜんや)」が担う「論理的な判断」、もう一つは「扁桃体(へんとうたい)」が担う「危険を察知するアラーム機能」です。

心拍変動が高い状態では、前頭前野がアラーム機能をうまくコントロールできるため、「状況を整理して冷静に判断していこう」という指令を出すことができます1

一方、睡眠不足や長期的なストレス等で疲弊してくると、前頭前野によるコントロールが弱まり、アラーム機能が過敏に反応しやすくなります。これが「扁桃体ハイジャック」と呼ばれる状態で、視野が狭くなり、冷静な判断よりも感情的な反応が先に出てくるような状態です2

A)心拍変動が低い状態(=アラームが過敏に反応してしまう)

心拍変動が低い状態だと、下記のような状態になりやすいと言えます2

  • 衝動的な行動をとってしまう:部下からのトラブルの報告に、内容をちゃんと確認する前に「なぜそうなった!」と反射的に感情的に反応してしまう。
  • 思考力の低下:新しいプロジェクト等の判断を下す際、リスクばかりが気になってしまい、決断を先延ばししてしまう。
  • 倫理観の低下:「自分を守ること」で頭がいっぱいになり、会議で反対意見を言われると、必要以上に防衛的になってしまう。

“気合いで乗り切ろう” と無理を重ねることは、一時的に判断力や冷静さを損なうリスクがあることを、覚えておくと良いかもしれません。

B)心拍変動が高い状態(=前頭前野がうまく機能している)

心拍変動が高い状態だと、仕事において良いパフォーマンスを発揮できる状態と言えます3

  • 認知の柔軟性: トラブル発生時にも「まずは現状を整理しよう」と即座に頭を切り替え、クリエイティブな解決策を見出せる。
  • 感情のコントロール:タフな交渉の場でも相手の挑発に乗らず、相手の感情の機微を読み取りながら、Win-Winの着地点を探ることができる。
  • 大局的な視点: 短期的な損失にパニックにならず、長期的なビジョンに基づいたブレない意思決定ができる。

一個人の心拍変動はチームの生産性まで左右することも

心拍変動の管理が大切なのは、個人のワークパフォーマンスだけの話ではありません。

「上司がイライラしていると、職場の空気がピリピリして、部下までミスを連発するようになる」という状況に出くわしたことはないでしょうか。これは決して気のせいではなく、科学的に証明されている「ストレスの伝染(波及効果)」という現象です4

「ポリヴェーガル理論(多重迷走神経理論)」によれば、人間の神経系は周囲の人の神経系と無意識のうちに同調し合う性質を持っています4

心拍変動が低く、自分を守ることばかりになってしまっているリーダーの表情や声のトーンは、同僚や部下の脳のアラームを刺激して「ここは緊張しなければならない場所だ」というシグナルを無意識に送ってしまうことがあります。

結果として、部下が萎縮し、自由な発言や行動が生まれにくくなる可能性があります。

一方で、心拍変動が高く、前頭前野が機能して落ち着いた状態のリーダーは、周りの人に「共調整(Co-regulation)」という現象を引き起こすと言われています。

リーダー自身が穏やかで安定していることで、部下の神経系にも安心感が伝わり、チーム全体の心理的安全性が高まりやすくなります。

自分の状態を整えることが、チームが力を発揮しやすい環境づくりにもつながるという点は、管理職やリーダーポジションにある方にとって特に意識しておきたい視点です。

今日から試せる!心拍変動の測定・活用の方法

私たちの脳や自律神経には「神経可塑性」があることがわかっています。神経可塑性とは、経験によって回路を変化させる能力のことです。

正しいアプローチを続けることで、ストレスに対してより柔軟な状態を作っていくことができます。日常の中で取り組みやすい3つの方法をご紹介します。

1)まずは自分の「ベースライン」を知ることから

心拍変動を測定するには、チェストストラップ型のセンサー(Polarなど)を使う方法や、最近ではPPG(光電容積脈波)センサーを搭載したスマートウォッチやウェアラブルデバイス(Apple Watch、Garmin、Oura Ringなど)でも手軽に計測できるようになっています。

チェストストラップ型の方がより精度は高いですが、スマートウォッチやウェアラブルを使用して心拍変動を計測する場合は、睡眠中の心拍変動を記録することが一番正確です。多くのデバイスは自動で記録する機能を持っているため、設定画面を確認して、OFFになっている場合はONにしてみましょう。

データを実生活で活かす上でまず大切なのは、自分自身の「ベースライン(基準値)」を知ることです。

心拍変動は個人差が大きいため、他の人の数値と単純に比較しても意味がありません。目安として、10日間のうち最低5回の測定を行うことで、自分の基準値が見えてきます。

ベースラインを知ることと同時に、数日〜数週間単位の「トレンド(傾向)」を追ってみましょう。

1日だけのデータだと、睡眠不足や前日のアルコール摂取、カフェインの摂取、激しい運動、その日の体調などによって変動しやすいため、単発の数値だけで一喜一憂しないことが重要です。

  • トレンドが安定・上昇している:心身ともにエネルギー充分な状態であり、ストレスと回復のバランスがとれていて、脳のパフォーマンスも高い状態です。
  • トレンドが下降している:慢性的な疲労やストレスが蓄積しているサインであり、アラームが過敏に反応してしまう状態です。

「今日は数値が低いな」と気づいた時は、早めに寝る、お酒を控える、などリカバリーに努めると良いでしょう。自分の生理学的な波・トレンドを知ることで、データに基づいた生活習慣の見直しが可能となります。

2)6つの生活習慣の要素の見直し

心拍変動の数値は、日々の生活習慣と深く結びついています。以下の6つの要素を意識することが、心拍変動を安定させる上での基本的なアプローチです5

  1. 睡眠:心拍変動の回復において、最も影響が大きいのが「睡眠」です6。睡眠時間と睡眠の質、どちらも重要です(睡眠の質を改善したい方は「最高の寝室の作り方|睡眠の質を高める睡眠環境作り8つのポイント」をぜひ参考にしてみてください)。
  2. 栄養:食事の量や質も重要です。また、十分な水分摂取も心拍変動の安定には大切です(「脳に良い食べ物10選|MINDダイエットで脳の健康を増進させる」の記事もぜひどうぞ)。
  3. 身体活動(運動):特に有酸素運動は、心拍変動の向上に効果的です。ただし、疲労が蓄積している状態での高負荷なトレーニングは逆効果になることもあります。心拍変動の数値が低いときは、ストレッチやウォーキングなど負荷の低い活動に切り替える柔軟さも大切です。
  4. その他の生活習慣:アルコールの摂取や喫煙など、身体の回復を妨げる習慣を見直すことが、心拍変動の安定につながります。特にアルコールは、翌日の心拍変動に悪影響を与えやすいことが知られています(禁煙については「ビジネスパーソンのための禁煙達成法:エビデンスに基づく実践ガイド」の記事もぜひ)。
  5. 環境要因:慢性的な炎症を引き起こすような環境要因(空気の質、騒音、過度な光刺激など)を可能な範囲で取り除くことも、自律神経のバランスを保つ上で有効です。
  6. 身体的な健康状態の把握:自身の病歴や現在の健康状態を正しく理解し、必要に応じて医療機関を受診して、ドクターと相談しながら体調を管理することも、心拍変動を長期的に安定させる基盤になります。

3)「10秒呼吸法」の実践

測定や生活習慣の見直しをしつつ、その場で即時的に心拍変動に働きかける方法もあります。それが「呼吸法」です。呼吸法によって、リアルタイムで自律神経のバランスを整えることが可能です。

不安やネガティブな感情は心拍変動を低下させるため、毎日忙しく働くビジネスパーソンが手軽に取り入れられる方法として、呼吸法は特におすすめです。

実践方法は下記の通りです。

  1. 椅子に深く腰掛け、肩の力を抜いてリラックスします(目を閉じてもOKです)
  2. 鼻から息を「4秒」かけて吸って、お腹をふくらませる
  3. 口から(または鼻から)息を「6秒」かけて吐いて、ふくらませたお腹を元に戻す

ポイントは「吸うよりも吐く時間を長めにすること」。ゆっくりとした腹式呼吸で、1分間に約6回の呼吸ペース(=1回の呼吸に約10秒)で行うことで、「共鳴周波数呼吸(Resonance Frequency Breathing)」と呼ばれる呼吸となり、特に効果的とされています(心拍のリズムと呼吸のリズムがピタリと同調するリズムと言われています)7

Labordeらの研究8では、1分あたり6回のスローペース呼吸(=10秒呼吸法)を用いた単回セッションの前後を比較した結果、心拍変動の有意な上昇、感情的な覚醒状態の低下、感情コントロールの向上が報告されています。

また、Baeらの研究9によれば、同じ1分あたり6回の呼吸でも、吐く時間を長くしたほうが、より心拍変動の上昇がみられ、感情の安定を狙いやすいことが示唆されています。

たったこれだけですが、この呼吸法を実践すると、副交感神経の働きに関わる迷走神経が刺激され、心拍数や血圧が落ち着き、心拍変動が即座に向上することが確認されています。また、継続的に取り組むことで、感情の安定や、自分自身の状態をコントロールする感覚が少しずつ高まっていきます。

  • 朝の通勤電車の中
  • 重要な会議やプレゼンの直前
  • 気持ちがざわついたメールを読んだ直後(返信する前に)
  • 夜、眠りにつくまでの間

など、日々のルーティーンのスキマにぜひ10秒呼吸法を組み込んでみましょう。短い時間でも継続することで、自律神経のバランスが整い、落ち着いた状態で物事に向き合いやすくなるかと思います。

まとめ

心拍変動は「今の自分がどれだけ余裕を持って環境に対応できる状態にあるか」を客観的に把握できる指標です。

仕事中の感情的な反応や決断力の低下は、意志の力や性格の問題ではなく、自律神経の状態が影響している場合があります。自分の心拍変動のトレンドを知り、睡眠や運動、呼吸法といった日々の習慣を少しずつ見直していくことで、脳がより柔軟に働きやすい状態をつくっていくことができます。

また、自分自身の状態を整えることは、一緒に働くチームの雰囲気や心理的安全性にもつながります。管理職やリーダーポジションにある方にとっては、セルフケアそのものが、チームマネジメントの一環とも言えるかもしれません。

まずは今夜、お使いのスマートウォッチやウェアラブルの設定画面を開いて、心拍変動のトラッキングがオンになっているか確認してみてください。そして、少し余裕のあるタイミングで「4秒吸って、6秒吐く」の10秒呼吸法を試してみましょう。

日々の小さな積み重ねが、仕事中の判断力や気持ちの安定に、少しずつ変化をもたらしてくれるはずです。

参考文献・資料

  1. Thayer JF, Lane RD. A model of neurovisceral integration in emotion regulation and dysregulation. J Affect Disord. 2000;61(3):201-216.
  2. Forte G, Favieri F, Casagrande M. Heart Rate Variability and Decision-Making: Autonomic Responses in Making Decisions. Brain Sci. 2021;11(2):243.
  3. Thayer JF, Hansen AL, Saus-Rose E, Johnsen BH. Heart rate variability, prefrontal neural function, and cognitive performance: the neurovisceral integration perspective on self-regulation, adaptation, and health. Ann Behav Med. 2009;37(2):141-153.
  4. Porges SW. The polyvagal theory: neurophysiological foundations of emotions, attachment, communication, and self-regulation. Norton. 2011.
  5. Jarczok MN, Jarczok M, Mauss D, et al. Autonomic nervous system activity and workplace stressors–a systematic review. Neurosci Biobehav Rev. 2013;37(8):1810-1823.
  6. Stein PK, Pu Y. Heart rate variability, sleep and sleep disorders. Sleep Med Rev. 2012;16(1):47-66.
  7. Lehrer PM, Gevirtz R. Heart rate variability biofeedback: how and why does it work?. Front Psychol. 2014;5:756.
  8. Laborde S, Allen MS, Borges U, Iskra M, Zammit N, You M, Hosang T, Mosley E, Dosseville F. Psychophysiological effects of slow-paced breathing at six cycles per minute with or without heart rate variability biofeedback. Psychophysiology. 2022;59(1):e13952. doi:10.1111/psyp.13952
  9. Bae S, Matthews JJ, Lumley MA, et al. Increased exhalation to inhalation ratio during breathing enhances high-frequency heart rate variability in healthy adults. Psychophysiology. 2021;58(11):e13905. doi:10.1111/psyp.13905.