猛暑が続く夏、屋外で働く人はもちろん、室内で働くオフィスワーカーにとっても「暑さ」は、しっかりと対策をしなければ、心身のコンディションやワークパフォーマンスが低下してしまう大きな要因の1つとなります。

「集中力が続かない」「判断ミスが増える」「なんとなく体がだるい」など、これらはもしかしたら、「体が暑さに慣れていない=暑熱順化ができていない」のが理由かもしれません。

暑熱順化とは「暑さに身体を慣らし、体温調節機能を整えるための適応反応」のことを指します。

暑熱順化は、熱中症予防の手段の1つとして語られることが多いですが、様々な研究で、暑熱環境がワーキングメモリや注意力といった認知機能(=脳の機能)に悪影響を与えることが確認されており、たとえ室内で働くビジネスパーソンであっても、夏の暑さに負けない脳と体を意識的に作ることが、熱中症対策だけでなく、仕事のパフォーマンスの維持・向上にとっても重要となります。

本記事では、暑熱順化によって体がどう変化するのか、そしてそれがなぜ仕事の生産性アップにつながるのかを解説したうえで、忙しいビジネスパーソンでも今日から実践できる暑熱順化の実践法をご紹介します。

「暑さに負けない体づくり」で、夏でも快適に働ける自分を手に入れましょう。

暑熱順化のメカニズム〜暑さに慣れると体はどう変わる?〜

「体を徐々に暑さに慣れさせていくプロセス」である暑熱順化が進むと、体温調節機能がより早く起動するようになったり、体内の水分・塩分バランスをコントロールする仕組みがよりスムーズに働くようになったりと、暑い環境でも快適に活動できるようになります。

一方で、暑熱順化をしていない人は、暑い環境に対しての適応が起こっていないため、同じ環境下でも体温が急上昇しやすく、すぐにバテてしまったり、頭がボーっとしたりといった、不調を感じやすくなります。

具体的に、暑熱順化のプロセスが進んだ体では、主に下記2つの変化が起こります。

1)発汗の改善

まず、「汗をかき始めるタイミング」が早くなります。

「汗をかく=体温を下げる」行為です。体温が上がってくると、脳が「体温を下げなければ!」となって、汗をかきはじめる(体温の上がりすぎは命の危険なので)のですが、この「体温を下げなければ!」となるタイミングが、暑熱順化をすると早くなるため、体温が上がりすぎてしまうことを防ぎやすくなります。

また、「汗をかける量」が増えます。

汗をうまくかけるほど体温は下がりやすいため、暑熱順化をして「汗をかける体」をつくることで、より体内にたまった熱を体外に放散できるため、体温の上がり過ぎを防げます。

更に、「発汗によって失う塩分の量」が減ります。

暑くなり始めの時期にかく汗は「ベトベト汗」であることにお気づきでしょうか?これは、汗に塩分が多く含まれているためベトベトしているのですが、暑熱順化をすると、発汗によって(+尿からも)塩分があまり出ていかなくなるので、塩分をあまり含まず水分が多い「サラサラ汗」になっていきます。

塩分(ナトリウム)は、身体機能を適切に働かせる上でとても重要です。体内から塩分が失われると、自律神経のバランスが変化する(特に交感神経が過度に活性する)ことが示されており、疲労やめまい、集中力の低下などを引き起こす可能性があります1

暑熱順化をして、発汗によって塩分が失われづらい身体にすることで、暑い夏でも仕事の生産性の維持・向上が期待できます。

2)温熱感の改善

暑熱順化をすると、「暑いと感じづらくなる」という効果もあります。

多少体温が上がったり、同じ気温であっても、それを「不快」と感じなくなったり、暑さによる身体への負担が軽減されるため、疲労感が低下することがわかっています2

「疲れたな〜」と感じると、集中力が低下したり、モチベーションが低下してしまうことがありますが、暑熱順化によって疲労感が低下することで、暑さによる集中力や身体機能の低下を抑えることができ、ワークパフォーマンスを維持しやすくなります。

暑熱順化が仕事のパフォーマンスにも効く理由

「暑さ」は、不快感を引き起こすだけでなく、仕事のパフォーマンスに直接影響を与えるリスク要因となります。

人間の脳は、深部体温(=内臓や脳などの温度)にとても敏感で、わずかにこの深部体温が正常値を上回るだけでも、集中力や判断力が低下することが分かっており、2022年に報告された「熱ストレスが認知機能に与える影響3」によれば、深部体温の上昇によって集中力や記憶力、思考力といった認知機能の低下を引き起こすことが示されています。

たとえ仕事中はエアコンの効いた涼しいオフィスにいたとしても、外との出入りや朝の通勤などで体温が上がり、その状態が長く続くと、気づかぬうちにミスが増えたり、作業効率が下がっていることもあるのです。

しかし、暑熱順化が進んだ体は、同じ環境でも深部体温が上がりにくく、汗による冷却反応もスムーズに起こるため、脳の機能をより安定して保つことができます。

つまり、暑熱順化は「熱中症を防ぐための備え」にとどまらず、「仕事の質を落とさないための夏のコンディショニング」としても、大いに価値があるのです。

集中力や判断力が求められるビジネスパーソンこそ、暑さに強い体づくりを “仕事の一部” として取り入れてみてはいかがでしょうか?

今日からできる!ビジネスパーソンのための暑熱順化法5選

毎年熱中症による事故のニュース等を聞くようになり、暑熱順化の必要性を理解している人は多いかと思いますが、「忙しくて運動する時間がない」「暑さに慣れるための時間なんて取れない」という声も聞かれます。

ですが、実は日常生活の中に “ちょっとした工夫” を取り入れるだけで、無理なく暑熱順化を進めることができます。

まとまった運動の時間を確保する必要はありません。毎日の通勤、入浴、ランチタイムの過ごし方など、いつもの習慣を少し変えるだけで、体温調節機能が活性化し、暑さへの耐性が自然と高まっていきます。

ここからは、忙しい日々を過ごすビジネスパーソンでも無理なく実践できる、“暑さに強い体” をつくる5つの簡単習慣をご紹介します。

1)朝の通勤時や夕方帰宅時の「少し涼しめの時間帯での軽い運動」

本格的な運動をする時間が取れなくても、通勤や帰宅の “ついで” に体を動かすだけで、暑熱順化の第一歩になります。

特におすすめなのが、朝や夕方のまだ比較的涼しい時間帯を活用すること。気温のピークを避けることで、安全に快適に暑熱順化を進めることができます。

例えば、以下のようなちょっとした工夫でも十分です。

1)最寄り駅を降りたら「目的地から遠い出口」から出る

よく「一駅手前で降りて歩こう!」という方法を耳にしますが、駅間が結構遠い場合、一駅分歩くのがなかなか時間的にも難しい場合があります。

そんな方は、最寄り駅までは電車で行き、そこから遠回りして目的地まで歩いてみましょう。

目的地と逆側の出口から出ると、プラスで5〜10分程度歩くことになるはずです。それだけで「400〜800歩程度」の歩数を稼げるでしょう。

会社へ行くときと帰宅する際のどちらもこの方法を行うと、それだけで1日10〜20分運動をすることになります。

2)下りるときだけ階段を使う

「エレベーターを使わずに階段を使おう!」という方法もよく聞かれます。階段の使用はとても良い運動ではありますが、階段をのぼるのって、疲れますよね。

階段を使って上の階に移動するのはなかなか気が進まない…という方は、「下りるときだけ(下の階に移動するときだけ)」階段を使うのはどうでしょうか?

平地を歩くのと比較すると、若干ですが運動強度は高く、更に前ももの筋肉(=大腿四頭筋)にかかる負荷が、平地を歩くときよりも大きくなります。

下半身の大きい筋肉の1つである大腿四頭筋を鍛えることは、代謝アップや血流促進の効果が期待できますし、もちろん身体活動を増やすことは暑熱順化にもつながります。

「少しだけ暑さに触れる」「少しだけ身体を動かして汗をかく」ことを意識して過ごすことで、自然と暑さに強い体が作られていきます。

2)「湯船につかる習慣」で汗腺を刺激

暑熱順化でも特に重要なポイントが「汗腺の活性化」です。汗を効率的にかけることで、体温の急上昇を防ぎ、良い調子をキープすることができます。

しかし、普段あまり汗をかかない生活をしていると、汗腺の働きが鈍くなり、暑さに弱い体になりがちです。そこで効果的なのが「湯船につかる習慣」です。

2020年に発表された研究では「5日間、42℃のお湯に30分間の入浴」を行ったことで、体温調節反応の向上や、汗腺の活性化が見られたことが報告されています4

42℃のお湯に30分間浸かるのはさすがにできなくても、「40℃前後のお湯」に「15分以上」浸かるのを「1週間」毎日継続することで、暑熱順化の効果が期待できます。

運動後に入浴すると、暑熱順化のプロセスが進みやすいという報告もあるため、可能な方は「運動+入浴」をセットにして、生活の中に組み込めるとより良いでしょう。「スクワットを10回行ってからお風呂に入る」といった習慣をつけるのも良いですね。

忙しくて運動する時間がない方や、日光にあたるのが体質的に厳しい方などは、ぜひ入浴時間で体を暑さに慣らしていきましょう。サウナや岩盤浴もある一定の効果があるという報告もある(入浴ほどではない)ため、お好きな方はそちらを利用して汗腺を活性化させましょう。

3)こまめな水分補給+食事に塩分をプラス

暑熱順化が進む過程では、体が汗をかきやすくなるため、水分と塩分の適切な補給がますます重要になります。

特に夏場は、「気づかないうちに軽い脱水状態」になっていることがあり、知らない間にワークパフォーマンスが低下していたり、軽い熱中症になってしまった、ということが起こります。

よって、まず意識したいのが、1日を通しての「こまめな水分補給」です。のどが渇いてからでは遅く、仕事中でも20〜30分に1回は、3口程度= “ゴクゴクゴク” くらいの水分を摂ることを習慣化しましょう。

コーヒーや紅茶、コーラといった利尿作用のある飲み物が好きでよく飲む、という方は、1〜2時間に1回程度でも良いので、水や麦茶といった水分も摂れるとベターです。

更に「塩分の補給」も見落としがちなポイントです。

上記しましたが、暑熱順化のし始めは、汗に塩分が多く含まれます(=ベトベト汗)。塩分(電解質とかミネラルとかとも言われます)は、体の機能を正常に働かせる上で非常に重要なため、食事で意識的に塩分を摂取して補うことが重要です。

例えば、味噌汁や漬け物、梅干しなどを適度に取り入れたり、サラダに美味しい塩をパラパラと振ったりすることで、食事による “おいしい暑熱順化” が可能になります。

4)ランチ時やスキマ時間の休憩で「5分だけ外気浴」

暑熱順化の基本は、“少しずつ暑さに触れる機会” を積み重ねることです。とはいえ、忙しく働くビジネスパーソンにとって「暑い中で長時間外にいる」というのはだいぶ非現実的です。

そこでおすすめなのが、ランチ後やちょっとしたスキマ時間に「5分だけ外に出る」という習慣です。

たとえば、昼食後にオフィス近くの公園やビルのベンチでひと休みする。たったそれだけでも、日中の暑さを身体で感じる良い刺激になります。日なたでなくて良いので、木陰や日陰、風通しの良い場所を選ぶことで、無理なく快適に続けられるかと思います。

また、会議と会議の間や、デスクワークで身体が凝り固まったタイミングで、ふらっと屋外に出てリフレッシュするのも効果的です。これは単なる暑熱順化にとどまらず、座りっぱなしの解消や、頭の切り替えにもなり、一石二鳥です。

「暑さを我慢する」のではなく、「暑さに少しだけ慣れる」意識で、まずは1日5分の外気浴から始めてみましょう。

5)「質の良い睡眠」で体温調節機能の正常化

暑熱順化というと「運動」や「汗をかくこと」が注目されがちですが、実は「良い睡眠をとる」ことも非常に重要なポイントです。

睡眠不足や睡眠の質の低下は、体温調節機能の働きを低下させることがわかっており5、日中に上がった体温がうまく下がらない(=体内の熱をうまく体外に放散できない)状態となるため、熱中症になるリスクが上がったり、仕事の生産性の低下を引き起こす可能性があります。

睡眠時間をしっかり確保することや、質の高い睡眠をとることで、体温調節機能が正常に働き、暑さにしっかりと対応できる体となります。

質の高い睡眠をとる方法については「寝付きが悪い人必読!寝付きが良くなる6つの入眠スイッチ」の記事で詳しく紹介していますので、ぜひご覧ください。

まとめ

暑さがもたらす影響は、単なる「不快感」や「熱中症リスク」だけではありません。集中力や判断力といった認知機能にも影響し、ビジネスパーソンにとっては、仕事の質そのものに直結する問題となります。

今回ご紹介したように暑熱順化は、アスリートや屋外作業者だけのものではなく、毎年やってくる暑い夏に「快調に精力的に働きぬく力」を高める “ビジネススキルの一つ” とも言えるでしょう。

「特別な運動」や「激しいトレーニング」をしなくても、日常の中に小さな工夫を取り入れるだけで、誰でも暑さに強い体をつくることができます。

暑さに負けない体づくりは、自分自身のワークパフォーマンスと健康を守る第一歩です。今年の夏は、ぜひあなたの生活にも “暑熱順化習慣” を取り入れて、暑さに強い脳と体を手に入れていただければと思います。

参考文献・資料

  1. Hiyoshi T, et al. Effect of salt intake on autonomic nervous activity during orthostatic stress in humans. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol. 2002;282(2):R457–R464.
  2. 永島計. 体温の「なぜ?」がわかる生理学. 杏林書院; 2021.
  3. Fontaine BB, Jul 12 2022. Impact of Heat-Related Illness on Behavior and Cognitive Recognition -. Occupational Health & Safety. https://ohsonline.com/articles/2022/07/12/impact-of-heat-related-illness-on-behavior-and-cognitive-recognition.aspx
  4. Barwood MJ, et al. Short-term heat acclimation through passive heat exposure using a hot water immersion protocol. PLoS One. 2020;15(6):e0235602.
  5. Okamoto-Mizuno K, Mizuno K. Effects of thermal environment on sleep and circadian rhythm. J Physiol Anthropol. 2012;31(1):14.