予想もしていなかった事が次々と起こり、適応していく事が求められる昨今。新型ウイルスとの戦いも約1年半続き、働く現場では今何が起きているのでしょうか?

このインタビューでは、産業医として長年社員の皆さまをサポートされている金子多香子先生に今現場で起きている事。そして今後どの様なスキルや対応が求められるのか?について先生のお考えをお話頂きました。


編集部:
この1年半で、働く現場ではどの様な変化がありましたか?

金子先生:
2020年の2月頃から「パンデミック」と言われ始め、4月には緊急事態宣言がありました。その夏~秋にかけて社員の「ストレスチェック」を行ったのですが、緊急事態の対応、在宅勤務のサポートをする様な部署はストレスが高くなった一方、自粛ムードの中で仕事がスローダウンし残業が減った方々も居て、通勤時間がなくなったこともあり時間的に余裕ができた社員も多くいたのです。

実はこのタイミングでは全体の平均でみると「コロナ前」とスコアに変化は見られなかったんです。

ですが、今年になって、コロナ禍の生活が長引き「終わりが見えない」状況の中でも人事異動や中途採用があり、「リモートワーク推進下では新しい環境への適応が難しい」といった声が聞かれる様になりました。

また、緊急事態の対応が長引き疲れも出てきて、今年の春ごろには以前と違った「重苦しさ」が出てきた様に思います。

編集部:
具体的にはどの様な「重苦しさ」があるのでしょうか?

金子先生:
世の中が落ち着いていない中、人員整理などもあり自分のキャリアに対する不安、緊張 が出てきたり、ビジネスの将来も見えず、コロナの不安と仕事の不安が漠然と増えてきた人が増えているのではないでしょうか?

また、リモートワークが推進されている会社では、一体感が作れない・チームビルディングに苦戦し、コミュニケーション不良によるストレスも感じられます。飲み会や職場の人とのちょっと一杯で発散していたストレスが大きかったと感じます。歓迎会や送別会も職場の風土をよくするために一定の役割があったのだと実感します。職場の人とのスポーツ活動なども規制され、今まで当たり前にあった、「楽しみやイベント」が禁止されたために、抱えたストレスを発散出来ていない方が増えている様に思います。病気になる程ではないけれど、重苦しさを抱えている方が増えましたね。

そんな中、生活習慣は二極化してきていて、リモートワークで時間が自由になった分、自分で時間をデザインして運動を取り入れたり、外食が減って健康的な食生活を送るようになった方がいる一方、何となくだらだら過ごしてしまいモチベーションが上がらなくなってしまっている。両極端な方々が居るなと思います。

編集部:
健康的な生活を送れる方と、そうでない方の分かれ道はどこにあるのでしょうか?

金子先生:
それは難しい質問ですね。その方の家庭環境や性格も影響すると思います。
今までは会社に行けば必然的に生活のリズムが作れていた所が、リモートワーク7割と言われる状況になり、より「自分自身で選び行動する力」が求められる様になったのだと思います。集団の中に居るからだらけないでいられた方は、規律が無くなってしまうと、昼夜逆転して生活のリズムを作れなくなってしまう様な事が起きるのだと思います。

編集部:
人に見られる、いい意味の緊張感が無くなってしまっているのでしょうか?

金子先生:
そうかもしれませんね。
私は仕事を在宅でやる際は「ONとOFFの切り替えをしましょう」という話をします。
「仕事を始める時は、いつオンラインの面談があっても大丈夫な様に着替えて、終わったら部屋着に着替える」という様な切り替えをして自分の緊張感をどの様に高めるか?そしてどのようにリラックスするかとペースを決めることが重要です。今は自由度が上がってきていて、仕事時間も自分で決められてしかも家で働く場合は、それがプラスに出て効率よく生活も充実できる人と、マイナスに出ていつまでも仕事をひきずって仕事に縛られる人がいますよね。電話がかかってきたり、メールが気になったり、外からの刺激にいつもリアクトしてしまうと終わりが作れないですよね。そういう場合は、社用携帯やパソコンは鞄の中にしまうと決める方が良いですね。

仕事を夜遅くまでやらなければならない時も、器用な方は「夕方に1時間走る」等、リモートワークの良さを活用なさっています。

また、自宅で仕事をしていると「通勤時間が無くなった分家事がしやすくなった」という方もいますが、仕事と家事を混ぜるとマルチタスクによる負荷がかかりすぎるので要注意ですね(負担になるので)、「今は仕事・今は家庭の事」とどちらかを100%にして切り替えた方が良いと思います。

働く事と暮らすことの境目が無くなり、人それぞれ環境のバリエーションが多くなりすぎているので、なかなか会社としても号令をかける事が難しくなってきているので、個人が自ら生活し、働く力をつけることが求められているのだと思います。

編集部:
「だらけてしまう」というのは、だらだら仕事を続けてしまう。というのも含まれるのですね

金子先生:
今は仕事の時間なのか?プライベートを楽しむのか、リラックスの時間なのか?を明確に出来ていればどちらでもよいと思うのですが、「何をやっているのか?」自分でも意識が無く過ごしてしまうと、メリハリが無さ過ぎて切り替えが難しくなってしまいます。

毎日通勤していた頃は、仕事帰りに皆で食事に行く・映画を見に行くなどして調整出来ていたけれど、今は楽しみ方に制限がある分、自分自身でストレスを上手く逃がしていかないといけない時代になりましたね。

「今日はこれをしたい!」「〇時~〇時まではこれをやる時間」など、積極的にリラックスやリフレッシュをする習慣を身につけないとバランスを取るのが難しいので、受け身な人が苦戦している様に思います。会社の中で誰かが励ましてくれたり、声をかけてくれたりする事で繋がりを持っていた人たちも多く居たんですよね。会社は「働いてお給料をもらう」以外の色々な役割があったのだと、コロナ禍になって改めて気づかされました。

この後も、おそらく在宅勤務がゼロにはならないので、新しいリモートの活用方法や自分の性格に合わせて、働きやすいやり方を選べる様になってくると良いですよね。

編集部:
やはり、単身世帯よりも家族と住んでいる人の方が声を掛け合う事が出来るので、リモートワークは上手くいくのでしょうか?

金子先生:
それは一概には言えないですね。仕事を家族の前でするのは抵抗がある人が多いです。やはり職場の顔と、家族に見せる顔は違うので、仕事の電話を家族に聞かれるのは抵抗を感じる方がいるようです。家族が居る中、リビングで仕事をするテレビコマーシャルの様なリモートスタイルは現実では難しい様です。人に相談したり、謝ったり、家族に見せたくない事は職場に沢山あるので、広い家に引っ越したり、シェアオフィスやホテルの一室等を借りて仕事をしたいという声は多く聞かれます。

編集部:
一方で、独身世帯・若年層の方特有のストレスはあるのでしょうか?

金子先生:
外交的な方・仲間と遊ぶのが好きな方にとっては、人と会う制限のある生活は辛そうですね。一人が好きな方もいるので、このあたりは人それぞれでしょうか。ただ、一人が好きな人も、長期間人と会わない生活をしていると人恋しくなり、健康診断後の産業医面談等では、平常時よりも「話したがる」方が増えました。

また、新入社員研修等もWebで行われる事が多いですが、全てリモートで同世代の人だけで研修をしていると、先輩の姿を見たり、先輩の目を意識する様な機会が少なくなり、例年の新人とは雰囲気が変わってきている様です。これもあまり長く続くと業務に支障が出てくるのでは?と危惧しています。

編集部:
先生がご覧になっていて、特にストレスを抱えているなと感じるのはどの様な方々でしょうか?

金子先生:
一番大変なのは、管理職の方々でしょうか?部下のケアもしつつ、コロナ禍で前例がない中、新しいやり方の中で責任を果たさなければならない状況があり、役職の高い方は抱え込みがちだなと思います。以前は20代後半から30代の方のメンタル不調が多かったのですが、ここ半年は年齢が高い方の不調が目立つ様になってきましたね。

編集部:
そういった方々は、周りをケアする立場にあるのでなかなか人に相談するのも難しいのでしょうか?

金子先生:
以前であれば、同世代の方と飲み会等を通して憂さ晴らしをしていていたのだと思います。また、そういった方は周りが「大丈夫?」と声をかけても恐らく「大丈夫だよ!」返す方が多いと思いますし、周りから頼りにされていたりするので、管理職の方々の不調を予防するというのは難しい課題だと思います。

(後書き)
お話を伺ってみて、コロナ対応が長期化して見えてきた事、環境や立場の違いでどの様な問題を皆さんが抱えていらっしゃるのか?様々な課題が見えてきました。
次回は、新しい生活様式の中で「個人が出来る工夫、リフレッシュ方法」等について引き続き金子先生にお話を伺いたいと思います。
次回のインタビュー記事もお楽しみに!


金子 多香子
昭和63年 東京女子医科大学医学部卒業
平成3年 東京女子医科大学大学院卒業(内科学 血液内科専攻)
順天堂大学医学部血液内科助手,北里大学医学部血液内科講師を経て、
平成11年 日本IBM株式会社 本社・川崎事業所 産業医
平成13年 日本IBM株式会社 安全衛生・産業保健部 副部長
厚生労働省 労働政策審議会委員
日本経団連 安全衛生部会委員
平成16年 日本IBM株式会社 Well-Being 企画担当部長
平成18年 株式会社日本ヴィクシー・コーポレーション設立
ウェルビーイング研究所所長に就任 
現在 都内複数企業の産業医を務める