スポーツ医学とは、主としてスポーツ競技のパフォーマンス向上を目的とする学問分野です。
人間の骨格、筋力などの運動機能や、運動する時の呼吸や代謝機能などを科学的に解明し、スポーツを行うことによる身体の変化や健康への影響を、様々な分野の専門家が横断的に研究しています。
一方で、怪我の治療や病気の回復のために運動やスポーツを取り入れる「運動療法」が、スポーツの現場だけではなく、一般の方のリハビリテーションや予防医療の現場で取り入れられるようになってきました。
これは、スポーツ競技選手に限らず、ビジネスパーソンにも役立つのではと考えられ始めました。
本記事では、スポーツ医学に長年関わっていらっしゃる、東京明日佳病院院長であり、日本スポーツ協会公認スポーツドクターでもある渡邊幹彦先生に、怪我や病気をしっかり治すために必要なことや、自分の身体の声を聞くことの重要性についてなど、スポーツ選手とビジネスパーソンに共通する問題点も含めて、お話を伺いました。
怪我をしっかりと治すためのケアとは?
編集部:
渡邊先生が携わっている、スポーツ選手の怪我についてお話をお聞かせください。
渡邊先生:
僕が医者になり、スポーツ選手の治療に携わって30年が経ちます。スポーツ選手の怪我を、外科的手術をして無事手術が成功したとしても、それで本当に治ったかというと、そうとも限りません。
その選手が完全に復帰するには、その後のリハビリやトレーニングなど、いろいろな事をやっていく必要がありました。
その中で大事なのが「チーム医療」でした。自分の専門分野でやれることを精一杯やりながら、他の専門分野のみんなで情報を共有して、それぞれの専門性を活かしてリハビリを行っていきます。
僕は自分の専門であるスポーツ整形を通じてチーム医療を経験してきましたが、それを30年やってみると、スポーツ選手以外の一般の患者さんの治療においても同じだと感じました。
編集部:
患者さんを診る上で、どんなことを大切にしていらっしゃるのですか?
渡邊先生:
患者さんに対して、手術するだけではなく、トレーニングをしたり、姿勢に気をつけたり、栄養状態はどうか、子供だったら寝不足になっていないか、といった所まで含めて診て、考える事が「その人のケアをする」ということになります。
むしろ、怪我や病気になる前にケアをすれば、治療をしなくて済みますよね。これからは予防や、そもそも怪我をしないための備えが、一番重要なのではと考えています。
身体の声を聞くことの重要性
編集部:
どんな選手が怪我をしやすいのでしょうか?
渡邊先生:
スポーツ選手の怪我を見ていく中で思ったのは、いい選手は無理をしないということです。怪我をするのは、無理をするからです。なぜ無理をするのかというと、結局、欲から来ているのではないでしょうか。
「がんばれば、なんとかなる!」と思いがちですが、行く方向が間違っていると無理をしてしまいます。本来そっちに行っても結果は出ないのに、判断を誤って違う方向でがんばってしまう。でもやはりそれでは上手くいかず、怪我や故障をしてしまいます。
編集部:
欲が出て、判断を間違ってしまうという場合があるのですね。
渡邊先生:
また、病院に来る選手は、いい子タイプで、言われたことを一生懸命するタイプの選手が多いです。
真面目な選手ほど「痛い」と言えません。我慢をすることがチームのためになると考え、頑張ればきっとこの先はいいことがあると思って無理をして頑張った選手が、なんでここまで休まずにやったの?というような怪我や故障をしてしまっています。
編集部:
真面目な選手ほど、というのはなんだか切ないものがありますね。
渡邊先生:
プロレベルであろうとも、年齢も、関係ありません。子どもの時からそういった環境に置かれているのです。「それくらいで痛いと言うな」と刷り込まれています。
周りの目も気にしています。怪我をして、休んで、サボっている、と言われるのが嫌なのです。これは学校の社会でも、大人の社会でも同じです。
編集部:
スポーツの世界でも、社会でも、同じ事が起こっているのですね。この流れを止めるにはどうしたらいいのでしょうか?
渡邊先生:
大事なのは「自分で判断しているか」です。僕が病院で見てきた中で、10歳の子でも、ちゃんと自分のことを言える子はいます。
親と来なくても、一人で来て「おお、すごいね!」って思います。今どきは、30歳でも親と来る人もいます。お母さんの後ろに付いてきます。
だから、本人たちがどう気がついて、どう行動するのか、という事が大事ですよね。自分を客観視できているか。自分の立ち位置がわかるとか、ここで無理をしてもしょうがないなとか、もう一人の自分が見ているというのが強い選手です。社会で働く人も同じではないでしょうか。
編集部:
他にも、いい選手とはどんな感じでしょうか?
渡邊先生:
時間のやりくりができるか、ということもあるかと思います。
忙しい中でどう時間を作るのかというのは、いかに自分で考えているかによります。取捨選択がうまくできるというのは、いい選手もビジネスパーソンも同じだと思います。
編集後記
毎日たくさんの仕事に追われているビジネスパーソンは、自分の身体が発する声を聞く余裕がなかったり、聞こえていたとしても無視している場合もあるでしょう。
「今自分が休んだら周りに迷惑がかかる」「あと数日やりきれば落ち着くから少し無理してでも頑張ろう」と考えてしまうビジネスパーソンは多いと思いますが、一回冷静になって、ちゃんと自分の身体の声を聞いた上で、行く方向が間違っていないかどうか確認する時間をとりましょう。
身体の声を聞いて、周りのことは気にせず、自分を大切に想う心を持って、自分で判断すること。これが結局、自分のためにも、周りのためにもなるのです。
次回は、毎日を幸せに過ごす鍵となる「感性」についての記事をお届けします。 スポーツ選手とビジネスパーソンに共通するお話、Part 2 もどうぞお楽しみに!
渡邊 幹彦
東京明日佳病院院長 スポーツ整形外科医
日本整形外科スポーツ医学会評議員、日本臨床スポーツ医学会評議員、日本肘関節学会評議員、2013年WBC日本代表チームドクター
香川医科大学卒業後、昭和大学整形外科に入局し活躍
その後、日本鋼管病院スポーツ整形外科部長、昭和大学客員教授などを歴任し
2013年に東京明日佳病院副院長
2015年に院長へ就任