産業医の金子多香子先生インタビューの最終回は、
新しい生活様式が定着してきた中、「これからの時代を生き抜く為に1人1人が何を意識してゆけば良いのか?」お伺いしました。


前回までの記事はコチラ
【産業医インタビュー/第1回】コロナ禍の今、働く現場で起きていること
【産業医インタビュー/第2回】コロナ禍のリフレッシュのヒント・コミュニケーションの工夫


コロナ禍で変化してきた価値観

編集部:
コロナがきっかけで変化した価値観等はあるでしょうか?

金子先生:
コロナが始まって、自分で決めなければならない事が増えましたよね。
「いつ、どこであれば行っても良いのか?最初の緊急事態宣言の頃は“不要不急とは?“ということが良く議論されていましたが、今は一人一人が責任をもって判断するという形が身についてきましたよね。自分の行動を一つずつ選択する。ワクチン打つ・打たないという選択もそうですし、ワクチンを打ったら旅行に行く方も居るでしょうし、打っても行かないという方も居る、自分で考えて決めるという風潮が前よりも強くなっていると思います。

編集部:
そうすると、会社と個人の在り方・関係性も変わってきているのでしょうか? 個人だけでなく、会社の人事の方も「社員の方とどうやって関係性を築いてゆくか?」という所に結構悩んでいらっしゃるのではないでしょうか?

金子先生:
会社が丸抱えで健康から何から全て面倒を見ていた時代もありましたし、以前は「会社」と「プライベート」という切り分けだったのが、現在の様なリモートワークだと家の中に会社が入ってしまったので「プライベートの切り分け」が難しいですよね。 家で仕事する時はどのくらい休憩したら良いのか?どの程度であれば気分転換も許されるのか?とか、そのあたりの線引きは一人ずつの判断になるので、健康管理の中で社員のプライベートにどれだけ関与できるのか?判断が難しいです。

編集部:
人事部の方から「今の状況でどうしたら良いか分からない」という声も多く聞かれます。

金子先生:
昔の様に、皆さんで仲間意識を作って同じ方向に向かって走りたいという気持ちはあっても、色々な環境の変化に対応しきれないので、働くという事と、生活するという事の形の在り方の変わり目ではないかと思います。

健康診断後の保健指導の面談をしていても、以前は会社の場所から想定して「ランチの場所」も大体イメージがつきましたし、朝ごはんを食べた後から、会社の終業時間あたりまでを産業医は見ていたのですが、今は家で仕事をしている人が多いので、どういった環境で仕事をしているのか?食事をしているのか?想像がつかなくなってしまい、「どこまでを産業医が指導するのか?」かかりつけ医との線引きが難しいですね。
そこの線がどこで落ち着くのか?産業医という制度がどうなるか?も今後は難しくなってくると思います。
以前は会社の椅子や机・姿勢等も職場巡視で見て回れたんですけど、家庭だと椅子も机もそれぞれの環境なので、ローテーブルで、絨毯に座って仕事をしていて腰が痛いと言われても、机を全員に買ってあげるわけにもいかないので、今はどこまで口をだせるのか?という所に悩みます。

編集部:
そういった意味では、先生が多く実施されている個別の産業医面談の様な機会が、大事になってくるのでしょうか?

金子先生:
そうですね。労働環境が1人1人違う分、個別によく聞き取った上でアドバイスするのが重要になります。その方の環境の中で「どこまでなら変更可能か?何であれば採用できるか?」を聞きながら寄り添って進めて行くようにしています。そうなると、ある程度環境を整える為の投資も必要なので「どこまで会社が持つか?」という切り分けはだんだん変わっていくと思います。みなさんこの状況下で働く経験を積む事で、個人の責任や個人の意識が変わっていくのだと思います。

今後私達に求められるスキルとは?

編集部:
そうなると、今後求められる会社の在り方は「何から何まで手厚くサポートする」というより、「いかに社員の自立をサポートするか?」という所がキーワードになるのでしょうか?
「それぞれの社員が、自らの意志で選んで行動出来る様になる」というのが、会社と個人それぞれが目指す共通のゴールになるのでしょうか?

金子先生:
コロナを経験して痛感したのは「情報が山ほどある中で何を選んで、何を頼りにやっていくか?」ということが大切なのだと気づかされました。1日中コロナの話題を聞いていようと思えば、TVをつけっぱなしにしていれば何かしらやっていますよね。それもメディアや人によって色々な見解がありますし、稀な情報・学術的な情報・ガセネタの様な情報も沢山ある中、自分が不安に陥らずに、自分がどのくらいの情報量を取るのが丁度よいか?というのを決めていく事が出来ないといけないなと思います。それは健康管理も同じで、今サプリメントから運動から、睡眠まで色々な情報があって色々な事が言われている中で、自分が何を選んで「自分はこれで良いんだ!」と思うことが大切だと思います。そのようにけじめをつけないと、情報に振り回されますよね。そこが「ヘルスリテラシ―」と言われる情報の選択だし、その知恵をどうやって伝えたらよいかな?という事を考えます。

「これを信じて!」と情報をそのまま伝える方が楽ですが、世の中に色々なものが溢れている中でどうやって選ぶのか?コンビニもどんどん豊かになっている中、「どこの・何を・どうやって食べるのが自分にとって丁度よいか?」というバランスのとり方を、身に着ける人と、身に着けない人の差は大きくなってくると思います。

編集部:
沢山の情報や選択肢の中から、自己決定をしていくコツの様なものはありますか?

金子先生:
なかなか難しい事ではありますが、自分の中で、時間とお金と24時間の使い方のデザインを色々と試行錯誤して経験しながら覚えていく物だと思います。
例えばサプリメントでも1度に10種類も飲んでも過剰ですし、何を飲むにしても「せいぜい3種類くらいかな?」と自分で決められると、どの3つを選ぶのか?というのは選べますよね。だけど、宣伝に煽られて全部摂っていたらそれだけでおなか一杯になってしまって、食事が取れなくなってしまいますし、体に良いといわれる食べ物を全て食べる事が正しいとは言えません。たとえば、「ささみが良い!」と言われても、それだけを食べれば良いという話でもないので、トータルのバランスを考える力をつける事が重要なのではないでしょうか?

運動も同じで、やれば体に良いのは違いないけれど、アスリートではないから1日中運動ばかりしていても仕事にならないですし、運動しすぎてケガする方もいらっしゃるので、どのくらいの運動が自分の年齢にとって丁度良いのか?というのを自分で選んで決めていかなければならないですよね。
何もかもが溢れている中で、自分の24時間をデザインして選んでいくという判断する力がとても重要だと思います。そして、それが気持ちよく満足できる生活であることが大切です。でも、実際には最近の様に「自己決定」が重要視される世の中になるとみんなどうしたらよいか迷ってしまって苦労するんですよね。私自身も難しいなと感じています。

編集部:
今までは会社に行けば、無意識に時間の区切りがあり、食べるものはお付き合いで行けば自分で選ぶ必要が無かった所から、働き方が多種多様になると、仕事/プライベートと切り分けるのではなく、1人の人間としての1日は全てつながっていると考えて、プランしてゆけると良いですよね。

金子先生:
そうですね。会社の勤務形態も、短縮勤務等多様化してきた事を考えると、「今自分はどのくらい働くのが丁度よいか?」という所を考えるのも、本当のワークライフバランスだと思いますし、地方に住んで仕事は全てリモートで行う。という選択肢もありますよね。
「家に居なさい」と言われてみて初めて、自由だけど何を選んだら良いか?がランチひとつを取っても難しくなってきてしまっているんですよね。
今は自由だから知恵も必要になるので、会社あるいは社会がサポートすべきは「選び方や、情報の選択方法」なのだと思います。

これからの時代を柔軟に生き抜くコツとは?

編集部:
24時間をデザインして、自分の意志で選びながらコントロールしていく中で、自分自身の体調やメンタルについて「セルフチェック」をするオススメの方法はありますか?

金子先生:
「自分が今調子よいかどうか?」って分かりますか?

編集部:
1日慌ただしく過ごしていると、なかなか気づけないですね。
更に忙しくしている時は、アドレナリンが出ている様な感覚で、忙しいなりに何とか出来てしまったりもしますし、私の友人など身の回りを見てみても、セルフチェック・セルフケア等なかなか時間が取れない。というのが現実かなぁと感じています。

金子先生:
そうですよね。人それぞれ波もあって、色々な生き方があって良くて「いつも同じように正しく生活しなくちゃいけない」という事ではないし、アドレナリンを出して頑張る時があっても良いと思うんですね。
かなりハチャメチャな事をやっても、戻れれば良いのです。皆さんが思っている以上に人間って柔軟だなと私は思っていて、食事を1食抜いても大丈夫な様に、2晩位上手く眠れなくても、そのあとに眠れる様になれば取り戻せます。

「いつもきちんと良い生活しなくてはならない」という恐怖心が強い人が多くて、「朝ごはんは必ず食べなければならない」と言ったりもしますが、寝たかったら朝ごはんを抜いて、少しでも長く寝た方が楽な日もありますよね。もう少し柔らかく考えてみても良いのかなと思っています。

ただ、時間があるのに眠れないとか。眠れない火が4〜5日続いてしまうというのであれば、専門家の話を聞いて、生活を振り返った方が良いかもしれないですね。
または、人と喧嘩ばかりしてしまう・家族に辛く当たってしまうなど、自分が思いもかけないような行動をしたときは、少し立ち止まってみて「物事の優先順位を整理しなおしてみる」と良いと思います。

でも、すごく忙しい時に半分徹夜みたいな状態で1週間仕事しても、元の生活に戻れるのであれば大丈夫ですし、あまり「イレギュラーに生活してはいけない」と思う事がストレスかなぁと思いますね。1週間運動しなくたってきっと大丈夫じゃないですか。

編集部:
真面目に、きちんとした生活をしなくちゃ!という思いがまたストレスになるのですね。

金子先生:
そうですね。「私これでも結構頑張れている!」と思えた方が良いですし、やりたい事やれているのであれば、多少いびつな生活でも、期間限定であれば大丈夫!と思えればいいですよね。でも、その事がずっと引っかかって「自分の事を大事にしていないかもしれない」と思うのであれば生活を見直した方が良いし、運動不足かもしれないと思うのであれば、不足しない程度に、自分なりに運動出来ればいいのではないでしょか?
それが、「これがいい!こうしなさい!」という情報が多すぎて、それに合わせようと疲れてしまうんですよね。

編集部:
巷にある「健康情報」や「理想のライフスタイル」をそのままやろうとすると、「できない!」という経験が残ってしまって、出来ないからやらない。になってしまうんですね。

金子先生:
もっと、体の声・自分の気持ちを大切にして、やったり・やらなかったり、自由に選べたら病気になる人も減るのではないかな?と思いますね。人間関係も「友達は居ないといけない!人と上手くやらないといけない」と思いすぎると辛くなります。 人と上手くいっていなかったとしても、「そんなに迷惑をかけてなければOK」ですとか、「仕事をちゃんとやれていれば良いじゃないか!」と思えれば気持ちが楽になりますよ。

編集部:
どうしても、自分が出来ていない事・苦手な事にフォーカスして落ち込んでしまいがちです。

金子先生:
そうですね。「周りの人が自分に協力してくれない」といっても、「人は変えられないからその中でやっていくしかないのだから良いじゃない!」と思った方が良いと思うんです。絵に描いたような「いい人」に皆がなれる訳ではないのだから、「私はこれで良い!」とみんながもう少し柔らかく考えられる様になるとよいと思います。たとえば、対人関係に意識が向きすぎて辛くなる人が減ると良いなと思います。

編集部:
自分にも他人にも厳しくなりすぎているんですね。

金子先生:
「会社は友達をつくる場所ではないから」という話をよくします。
そこは役割を演じる場所なので、素の自分を出す必要はなくて、もし上手くいかないことがあれば「演じ方がまずかった」と思えればいい話ですよね。素の自分を否定されると傷つくけれど、もう少しこういう風に振る舞えばよいのかな?リーダーならリーダーらしく振舞いを変えてみるとか、本来の自分自身と職場で見せる顔の間にもう少しスペースがあった方が気楽ですよね。

編集部:
なるほど。それでなくても今は目に見えない不安がある世の中なので、真面目にやりすぎず、おおらかに柔軟に生活をしていく力をつける時期なのかもしれませんね。

金子先生:
ここまでコロナにかからずに生活出来ているだけでも、すごく頑張っているんじゃないですかね。また、感染してしまって職場に戻られた様な方もいますけれど、それはそれで無事に戻れてよかったね。という話ですよね。
日本人は無い物を欲しがる傾向にあったり、自分を責めるのが好きだったりするけれど、この様な生活もまだ続くのだとしたら、「今これだけ出来ていればいいじゃない!」とあまり高望みしない方がいいですね。「こうあるべき!」とか、「こういう気持ちでいたい!以前の様な生活を取り戻したい!」と考えると自分自身を窮屈にしてしまいますよね。

編集部:
今頃はこんな事をしていたのに・・・もっとこんな事をしたかったのに・・・という事を考え始めると辛くなりますよね。

金子先生:
あまり、自分や環境を責めすぎず、いつもとは違う環境だからこそ何か一つ新しい事を始めてみるのは良いと思います。外出が制限され、ストレスを発散出来ない方は、その代わりになる事を何かやってみて、合わなければ変えれば良いので、気軽に始めてみるのは良いと思いますよ。私の身の回りでも、外出が好きだった方が畑を始めて、今も楽しく続けています。

編集部:
新しい環境だからこそ出会える人や、選択肢に目を向けて、楽しみながら生活していきたいと思います。金子先生、沢山のヒントをいただきありがとうございました!


金子 多香子
昭和63年 東京女子医科大学医学部卒業
平成3年 東京女子医科大学大学院卒業(内科学 血液内科専攻)
順天堂大学医学部血液内科助手,北里大学医学部血液内科講師を経て、
平成11年 日本IBM株式会社 本社・川崎事業所 産業医
平成13年 日本IBM株式会社 安全衛生・産業保健部 副部長
厚生労働省 労働政策審議会委員
日本経団連 安全衛生部会委員
平成16年 日本IBM株式会社 Well-Being 企画担当部長
平成18年 株式会社日本ヴィクシー・コーポレーション設立
ウェルビーイング研究所所長に就任 
現在 都内複数企業の産業医を務める