新型コロナウイルス感染症の流行により、在宅勤務も増え、会食や旅行なども控える自粛生活が続いています。それらは、私たちの脳にどんな影響を与えているのでしょうか。

このインタビューでは、脳科学者として多方面で活躍されている諏訪東京理科大学 篠原菊紀教授に、今私たちの脳内に迫っている危機、そして回避方法、また、リモートワークに活かせる脳の使い方について教えていただきました。


前回までの記事はコチラ
【脳科学者インタビュー/第1回】コロナ禍で脳に迫る危機
【脳科学者インタビュー/第2回】リモートワークにおけるワーキングメモリの使い方


編集部:
コロナ禍でビジネスパーソンが抱える悩みに一つに、営業活動が思うようにできないという悩みがあります。オンラインの営業でも、対面と同様に自分の熱意を伝え、相手のニーズを読み取るなどの方法はありますか?

篠原教授:
オンラインで相手に対し表現できるのは、手回りや表情筋しかありません。相手の話に対して、いかにきちんと頷きをいれるか、口角をあげて話すなど、真剣に聞いていることが伝わるような役者のような工夫がポイントになります。

編集部:
緊張したり、真剣になると、どうしても相手のことを凝視してしまいます。画面を通して相手のことを見すぎるのもよくないのでしょうか。

篠原教授:
目線が合うことは、人間にとって恐怖を感じる行為です。恐怖や不安に影響を与える脳の扁桃体や視床下部が活性化してしまうのです。
オンラインだと対面以上に目線が合うのではないでしょうか。簡単な対策をするなら、傍らに資料があるふりをして意識して目線を外すという方法があります。

編集部:
オンラインで良好な信頼関係を作るのは難しいのでしょうか?

篠原教授:
生まれたばかりの赤ちゃんの初めてのコミュニケーションは、目を通して行われます。目が合うことは赤ちゃんにとっても扁桃体を高める恐怖反応のひとつなんです。でも、毎日、お母さんと一緒にいて、おっぱいをもらい快感を得ることで、外側核がそれを抑制するように働きます。恐怖がベースにあっても、コミュニケーションや愛着などにより、オキシトシンの働きで安心感を上書していくことができます。
仕事の相手でも同じことです。恐怖がベースにあったとしても、プラスのメッセージや相手に対して好意を持っていることを伝えることで安心の上書きをすることができます。

編集部:
何かを伝える前に、相手にいかに安心感を与え、信頼関係を作ることが大切だということですね。

篠原教授:
そうです。
赤ちゃんをあやすようなイメージをもつとわかりやすいと思います。初めて会った赤ちゃんは「怖がっているだろう」という前提であやしますよね。同じように、相手が恐怖を感じているという前提でコミュニケーションをとれば、どう対応すればいいかわかるのではないでしょうか。

編集部:
オンラインの画面を通して、相手の本音やニーズを読み取る方法はありますか?

篠原教授:
そもそも本音を読み取る必要があるのでしょうか?
相手の意図を読まなきゃいけない、それに合わせなきゃいけないというのは失敗するコミュニケーションです。未来に向かって本音同士の落ち着き先を見つけ、作り上げていくのがビジネスです。相手の目が輝く方向性を見つければいいんです。
こちらが材料を提供して、相手が「行けそう!」と思えば、相手が勝手に構成してきます。
未来に向けて「こうしよう」という感覚が相手から出てくればいいんです。

編集部:
対面ではない分、どうしても相手の意図を読み取らなきゃいけないと思ってしまうのですが、それはよくないということですね。

篠原教授:
心の機微を読み取ろうとする努力はコスパがよくない。それがオンラインだからうまくいかないと思っている人は、対面でもうまくいかないと思います。

編集部:
オンラインだと、どうしても余白がないというか、アイスブレイクがなく、いきなりビジネスの話になってしまいます。どうしたら親近感を持ってもらいやすくなりますか?

篠原教授
テクニカルな面で言えば、ミラーリングがあります。
たとえば、相手が早口ならば、自分も早めのスピードで話す。そうすると、お互いの気持ちを上げていくことになる。
相手がニコニコしていれば、自分もニコニコする。うーんと悩んだら、自分もうーんと悩む。言葉のスピード感や呼吸数、できれば心拍数も合わせる感覚です。動作や生理反応を一致させることを目指します。いい感じのコミュニケーションがとれていれば、瞬きも自然にリンクしてきます。

編集部:
社内のオンライン会議はどうでしょう?
発言者以外はカメラをオフにするという風土の会社もありますし、カメラをオンを義務にするとハラスメントだと感じる人もいます。しかし、顔を合わないことによりコミュニケーションがうまくいかないという話も聞きます。
カメラのオンとオフの使い分けはありますか?

篠原教授:
大学の場合は、多人数での授業は学生のカメラは基本的にオフにしています。背景が見えてしまうことによるプライバシーの問題もありますので。ゼミは強制はしていませんが基本、オンにしています。
状況に応じて使い分けることが必要だと思いますが、実はカメラをオフにしておいた方がいい会議もあるんです。

編集部:
どんな会議でしょうか?

篠原教授:
実際の会議では、みんな頷いて聞いているふりをしてるだけで、実は聞いていないということが多いのです。目線を外して全く別のことを考えていたり、発想してたり。この時の脳はデフォルトモードネットワーク(なんらかの思考や関心や注意を伴わない、ぼんやりと安静状態にある脳が示す神経活動の回路)と言って、お風呂に入ったり、散歩しているようなぼんやりとした状態になっています。
課題に対し、ソリューションしようとしているネットワークとぼんやりしているネットワークは異なります。ぼんやりしているネットワークじゃないとひらめかないんです。

編集部:
ぼんやりとする時間も仕事には必要と言うことですね。そういえば、仕事がリモート中心になって通勤の時間が無くなり、電車の中でぼんやりと考えてた時間が無くなりました。今は常にパソコンに向かっている状態です。

篠原教授:
文章を書く人ならわかると思いますが、ソリューションまでいかないけど、何かぼんやりとした問題を抱えてる。そんなとき、電車移動のボーっとする時間に脳内で新しいネットワークが作られ、「この表現ならいける」とか見えてくことがあります。

編集部:
ToDoリストを時系列に作ってキチキチと仕事をしていくだけではいけないってことでしょうか。

篠原教授:
ひらめきを促すという意味ではよくありません。ToDoリストにぼんやりとする余白の時間を意図的にいれるのもいいと思います。

編集部:
具体的には、どのように「ぼんやり」すればいいのでしょうか。

篠原教授:
何もしないでぼんやりしてたら、ただのぼんやりです。課題がなければ脳は何もひらめきません。課題の方向性を入れた状態で、脳の中の熟成を待ちます。その時に手慣れた単純作業をしてみるのもいいでしょう。手芸や拭き掃除のようなことでもいいと思います。単純作業をすることで前頭葉が沈静化します。そうすると脳のメモが空きます。

編集部:
それがひらめきに必要なデフォルトモードですね。

篠原教授:
生産性やクリエイティビティを高めるという面でも、デフォルトモードは大切です。
6時間仕事をしているとしたら、労働効率は6掛け程度にしかなりません。あえてぼんやりする時間をつくったほうが仕事の効率もよくなります。
それから、寝る前にこれからの見通しを整理するのもおすすめです。脳は寝ている間に学習し定着します。さらにひらめきも促進されます。寝ている間に新しいつながりや発見が朝できることもあります。


(後書き)
今回で篠原先生へのインタビューは最終回となります。
コロナ禍における脳の守り方、そして脳を知って生かすコツは定着しつつある「新しい生活」における仕事のあり方にとても参考になりました。
今後も、専門家の皆様へのインタビューを企画して参りますので、どうぞお楽しみに!


篠原菊紀
脳科学者
専門分野は応用健康科学、脳神経科学
公立諏訪東京理科大学 工学部情報応用工学科教授、地域連携研究開発機構 医療介護・健康工学部門長、学生相談室長。

東京大学卒業、東京大学大学院教育学研究科を修了
東京理科大学諏訪短期大学講師、助教授、諏訪東京理科大学共通教育センター教授を経て、現職。
著書多数。テレビ、雑誌などメディアの出演、監修も多く手がけている。