運動と睡眠、この二つは表面的には関係がないように思えるかもしれません。しかし、健やかな体を保つため、そして深くリラックスした眠りを迎えるためには、実は運動が大きな役割を果たしています。
なぜ睡眠のために運動をするべきなのか?具体的にどれくらい運動をすると睡眠に効果的なのか?どんな運動をするべきなのか?
第5回目の菅原洋平氏インタビュー記事では、運動と睡眠の密接な関係や、毎日の生活に無理なく運動を取り入れるための実践的なアドバイスをお伝えしていきます。
- 第1回 健康経営で「睡眠」対策を行うべき理由
- 第2回 健康経営/睡眠対策の成功事例をご紹介!
- 第3回 社員の睡眠を守るための睡眠の質向上策
- 第4回 季節に合わせた対策で最高の睡眠を
- 第5回 良い睡眠のために運動をオススメする理由 ← 今回の記事はこちら
夕方運動をすると良い睡眠がとれる理由
編集部:
ここまでのお話の中で、夕方の時間にラジオ体操をすると夜しっかり眠れるようになった例や、「深部体温リズム」を整えるには夕方に筋トレをする日を増やす、といったアドバイスが出てきましたが、運動と睡眠の関係性について、詳しく教えていただけますか?
菅原先生:
睡眠の為に運動をお勧めする理由は、「深部体温リズム」という生体リズムを強化する為です。
内臓の温度である深部体温は、1日のうちで高くなったり低くなったりします。起床から11時間後に最高になり、22時間後に最低になる周期をもっています。
私たち人間は、深部体温が高いほどに元気になり、低いほど起きていられない状態になるため、このリズムをうまく利用する事が、昼間元気で夜ぐっすり眠ることにつながります。
深く眠るには、夜にかけて深部体温が急勾配で下がることが条件なので、深部体温が最高になる時間帯(朝7時起きであれば、夕方18時頃)に体を動かして体温を上げることで、夜にかけて急勾配で下がるリズムを作ることができます。
夕方どれくらい運動をすれば良い?
編集部:
具体的には、どの程度運動すれば効果が見込めるのでしょうか?
菅原先生:
運動を普段していない人が、普段運動をしている人のような体に持っていくまでに、最低限どのくらい動けば良いか?という事を割り出すため、ギブスで非利き手を固定して意図的に運動を制限し、どの程度の運動で回復するか?という研究があります。
その結果「運動強度はとても低くて良い」という事が分かっています。
運動不足からの回復に必要な最小限の運動は「週2回2分程度の運動」であり、たったこれだけの運動で、運動不足による機能低下が防げるという結果が得られています。
実験は握力トレーニングで行っていますが、この結果を日常に当てはめると、狙う筋肉は股関節を形成する筋群です。 具体的には、
- 膝を高く上げて足踏みを60秒(1秒で1回=60秒)
- 2秒でしゃがんで2秒で立ち上がる、のペースでスクワットを10回(4秒×10回=40秒)
を週2回が最低ラインになります。この程度の運動であれば、ほぼ皆さん確実にやってくださいます。
毎日快適な睡眠をとるためには「週4日の運動」
菅原先生:
最低ラインを設定した所でもう1つ、ここに「生体リズム」の要素が関係してきます。
睡眠と運動の関係の研究は、その日運動した事により、その日の睡眠が改善しました。という研究が多いのですが、それでは私達の日常は良くなりませんよね。
その日良くても翌日また眠れなくなったら意味ないじゃないか。となってしまうので「生涯睡眠に困らない睡眠を手に入れるには、どのような運動がよいのですか?」という問いに答えていかなければなりません。
生体リズムは、日数が多いリズムに同調するという仕組みを持っています。つまり、過半数正しいリズムで生活出来れば、生体リズムは変えられるのです。
1週間7日のうち、過半数である4日以上実行できればよいので、休日2日+平日2日どこかで運動時間を作って見ませんか?という提案をします。ここまでを整理すると、
- 頻度:週4日(例:休日2日+平日2日)
- タイミング:最高体温の時間帯(7時起きの人であれば、11時間後の18時頃)
- 内容:足踏み1分+スクワット10回 (その他にも、立って掃除機をかける / 軽い筋トレ 等でもOK)
となります。「この程度であればまぁできるかも」といった感じで同意して頂けます。
「過去やったことがある運動」が持続しやすい
編集部:
運動を提案する際、内容は他の方法でも良いのでしょうか?
菅原先生:
提案のポイントは持続できる事です。持続できる運動というのは、過去やった事ある運動で、やったことのない運動はまず長続きしません。
「やったことある運動の中で何かありますか?」と聞くと意外と多く出るのが、画面を見ながら運動するエクササイズゲームです。物自体は何でもいいので、やった事がある内容で、「たくさんやって疲れすぎない程度の強度(立って掃除機をかける程度の負荷でOK)でやりましょう」と伝えています。
編集部:
こんなに短時間、低強度のものでも睡眠の改善に効果が期待できる、というのは驚きでした。
インナーマッスルの強化で深部体温リズムは安定する
編集部:
以前先生が書かれた記事の中で「筋肉量が多い人の方が寝つきが良い」というお話を拝見した事があるのですが、筋肉量を増やそうと思うと、今お伺いした強度・頻度の運動では足りないと思うので、筋肉量を増やして睡眠改善を目指す方には、強度を上げたり、長い時間トレーニングをするようなアドバイスが必要になるのでしょうか?
菅原先生:
最近の研究では、筋肉の量が増えると睡眠の質が向上することが明らかになっています。熱産生器官である筋肉が増えると、深部体温リズムの勾配がより強調されることが要因と考えられます。
しかし、ここで強化すべきは外側の筋肉ではなくインナーマッスルであって、体の体型を変えていきましょう、という話ではありません。
先ほど、深部体温リズムというお話が出てきましたが、「深部体温に変化がある」というのは「血液の温度に変化がある」という事になります。内臓を回っていく血液の事です。
血液の温度を保つ為に、「血管が脂肪によってカバーされて蓄熱されている」とイメージしてみてください。その中で「発熱する脂肪=褐色脂肪細胞」というものがあります。
褐色脂肪が多くなることにより、深部体温のリズムが安定するので、筋トレで鍛えたいのは「褐色脂肪が多く含まれている筋肉=インナーマッスル」になります。
「お尻の穴を締める」だけでも良い
菅原先生:
インナーマッスルで、女性に一番良く分かって頂きやすいのは、骨盤内の筋肉です。骨盤内の筋肉が良く使われると発熱の効果が高くなるので、普通に歩いている時に、お尻を閉めて歩くだけでOKです。
「お尻をぎゅっと閉めて歩きましょう」「デスクワークで座っている方も、お尻を締めて座ると、脚を組む事もなくなりますよ。脚を組むと体温が下がるのでね(※1)」というような話もします。
※1 脚を組むと体温がさがる
骨盤のゆがみや、ねじれは筋肉の緊張を招き、筋肉が緊張した状態だと血行不良が発生し体が冷える(体温が下がる)と考えられる。
褐色脂肪組織が増えると、体の中でヒーターの役割となり、深部体温のリズムが安定して勾配がつきやすくなります。
なので「運動強度を上げていきましょう」というよりも、日常生活の中で、姿勢を維持する筋肉(フォームを固定させる筋肉)が日中の体温を上げる役割をするので、第一歩としてお尻の穴を締めるだけで良いんです。
また、この文脈で良く出てくる話題は「排尿の管理」です。「実は排尿のリズムが」とか「水分摂取が」という話がでてくるんです。
トイレに行く暇が無いからといって、水分を取らないようにすると、脱水になってしまいます。また、トレーニングで血液の温度が上がったとしても、流れる血液量が少なければ筋トレの効果が表れにくいので、水分をしっかり取って排尿リズムを整える事も大切です。
その為には「貯める能力と出す能力」が重要なのですが、そこに関わるのも、先ほどの「お尻の穴を締める」でアプローチしていた骨盤内の筋肉となります。
このように話がつながると、「それならやる!」と言ってくださいます。
些細な事なのですが、「色々な心配事と運動がつながっていますよ」というメッセージを添えて運動を提案すると、運動強度を上げる事は自発的にやってくださるので、こちらから「強度を上げていきましょう」という話はあまりしません。
「運動をやってみて効果が感じられてきたのでジムに通うようにしました」など、自分で決めてアクションを取ってくれるんです。自分で決めて自分で選択したものは継続しやすいので、基礎的な底辺の体の仕組みを知って頂くお話をすることで、用は足りているのではないか?と思っています。
あとがき
今回紹介した具体的な方法は、ハードル低く始められる内容だと思いますので、より沢山の方が「睡眠改善」に取り組むきっかけになるのではないでしょうか。
深部体温リズムを味方にして、ビジネスパーソンの方々の睡眠・ワークパフォーマンスがより良い環境になる事を願っています。
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【プロフィール】
菅原洋平
作業療法士。ユークロニア株式会社代表。
アクティブスリープ指導士養成講座主催。
国際医療福祉大学卒。
国立病院機構にて脳のリハビリテーションに従事したのち、
現在は、ベスリクリニック(東京都千代田区)で薬に頼らない睡眠外来を担当するかたわら、生体リズムや脳の仕組みを活用した企業研修を全国で行う。
その活動はテレビや雑誌などでも注目を集める。
主な著書に、13万部を超えるベストセラー「あなたの人生を変える睡眠の法則」、12万部突破の「すぐやる!行動力を高める科学的な法則」など多数。