健康経営の取り組みが企業の競争力を左右する現代。特に「睡眠」の質は従業員のパフォーマンスや健康を大きく影響するポイントとなっています。

前回のインタビューで、健康経営の中で企業が睡眠対策に取り組む際のポイントについて学びましたが、今回は具体的な企業の睡眠対策の「成功事例」をご紹介します。

実際にどのような取り組みが行われ、どのような成果が生まれたのか。健康経営と睡眠対策の現場からの生の声をお届けします。


第2回目となる今回は、企業の睡眠対策・成功事例をご紹介します。

運送業での睡眠対策で昼間の事故が半分に!

編集部
先生が今までご覧になった企業様の中で、セルフチェックなどで睡眠改善に取り組んだ結果、目に見えた成果が表れた実例などがあればお聞かせいただけますか?

菅原先生
セルフチェックだと、運送業で効果がはっきりと表れたケースがあります。

当初は、朝点呼の際に前日の睡眠時間は?と聞いて申告させていました。それによって「言わないといけないから(怒られるから)しょうがなく寝なければならない。」という感じになっていました。

それを、あるタイミングからアプローチを変えて、「目を閉じて片足立ちをする際、睡眠不足だととてもグラグラする」といった知識を元に、点呼の時に目を閉じて片足立ちをして、グラグラしていたら今日の運転は気を付けよう!みたいな、実技によるセルフチェックとしました。

あくまでも業務の安全のためにチェックする事ですよ。という文脈に変えたら、「怒られるから寝る」ではなくて「事故を起こしたくないから寝よう。今日の自分は大丈夫かな?」という意識が根付いていきました。

「チェックを自分でしてみましょう」というスタンスに変えると、社員の方々に話を聞いて頂きやすくなり、話を聞いて頂きやすくなったところで、更に詳しい話に進みました。

編集部
具体的にはどのようなお話をされましたか?

菅原先生
脳には、1日に2回、必ず眠くなるリズムが備わっています。眠くなる時間帯は、起床から8時間後と22時間後です。

昼食後に眠くなるという現象として知られていますが、実験によって、食事とは関係なく眠くなるリズムがある事が分かっているので、「12:00-14:00の間に5分間休憩を取ってください」というメッセージを、社内の無線で流してもらったんです。

その時見ていたのはタクシー業だったのですが、休憩時間は運転手の方の裁量なので、お客さんが居なければ休憩する人もいるし、お客さんが居そうな所に移動する人もいるし、そのあたりは勘で働いていて「いつ休むか?」というのも個人の自由でした。

ですが「この時間は脳のリズム的に事故のリスクが高まるので、5分間で良いので寝てくださいね」
とお伝えしたら、昼間の事故が半分になった
んです。

ただ、休憩時間をこの時間にしてくださいね。というアナウンスを流しただけですが、「言われたから休んでみようかな」と思って頂けたのは、セルフチェックが事前にあって、そのチェックは「皆の安全の為に会社が何とかやろうとしているんですよ!」というメッセージが伝わっていたからこそ、社員さんが実行してくれたのだと思います。

実行したら、事故が減ったので、その結果を見て「やっぱり効果があるんだ」と社員さんの中にも信頼が生まれて、もっと学ぼうかなという方が増えた。というストーリーがありました。

業務スケジュールを生体リズムに合ったスケジュールに

編集部
とても良い循環が生まれた例ですね!今お話を伺っていて、タクシー運転手さんの働き方が、リモートワークで働いていらっしゃる方と、共通点があると思いました。

生活環境の中で働いていると、ある程度休憩時間などは自由で、自分で時間を管理して仕事の成果を上げていかなければならない、という環境にあります。仕事中であっても労働場所がプライベートな空間なので、会社としては色々と口を出しにくいといった声も聞かれます。

リモート環境の社員さんにメッセージを発信し、自分事にしてもらうには、このタクシー会社さんのように
「会社として業務の為に必要だからこういった行動をしましょう」と文脈を統一してメッセージを発信するだけでなく、自ら意識しなくても行動に移せるように「無線」というツールを使われたという事が、違った業界・リモートワークを推進されている企業さんの参考にもなるのではないかな。と思いました。

菅原先生
そうですね。他の例だと、24時間稼働している研究所さんで寝不足の方が多かった時に、「夕方にラジオ体操を館内に流す」という取り組みをされた例もあります。

ただそれだけなのですが、社員さんの体温を一斉に上げる事が出来ました(=夕方に体温を上げると夜の寝付きが良くなる)。こうやって「会社で取り組む事」というのは、個人が自由にしているスケジュールに対して、一対大多数でアプローチできるというメリットがあります。

個別に面談などをする事も、もちろん大切ですが、「会社でラジオ体操が流れるからやる事になっていて、やれば体温が上がるし、夕方に体温が上がればよく眠れる」といった感じで、業務スケジュール自体を生体リズムに合ったスケジュールで作れば、病気も減り、皆さんが良いコンディションで仕事に励む事ができるのではないか?という所が、私が起業したきっかけでもあります。

主体的に良い睡眠をとろうとしていますか?

編集部
コロナ禍になってから、先生がご覧になった企業様の中で「これはコロナ禍ならではの問題だな」と思われた実例もありますか?

菅原先生
寝れない人が増えた、逆に家にいる時間が増えたので寝れるようになった等、データは色々とあるのですが、一貫して皆さん同じ問題を抱えるようになったというよりは、「二極化した」というデータが出る事が多いですね。

睡眠管理が上手な人と苦手な人で分かれたという事なんですが、その中で、寝れない人が増えたというよりも「起きられない」という相談が増えました。起きられないから時間がズレ、働く時間がズレ、寝る時間がズレたけれども、別に困らないといった図式が出来上がっています。

完全リモートの場合だと困らないのですが、たまに出社が必要な場合は、出社する日がとても疲労するんです。出社の時間を合わせなければならない事と、出社した際は必ず残業になって、朝早く夜がとても遅くなる事で睡眠不足になります。

次の日にリモートだと、「昨日の分まで今日は寝よう」となってしまい昼夜逆転し、次の出社の時にまた疲れてしまって・・・といった事が多くあります。これは、コロナ前から睡眠の時間をしっかり作っていこうという意識を持っていた人と、会社のせいで起こされていると思っていた方との二極化なんですね。

つまり当事者意識を持って主体的に睡眠に取り組んでいたか、先ほどの「点呼」の例のように、言われたからやっていたか(=主体性が無い状態でやっていたか)の差なので、コロナ禍の自由な働き方がメリットとして出た方もいるし、デメリットとして出た方もいるという感じで、一様に良し悪しというより「実力が試された」といった状況なのではないかなと思います。

編集部
最近は、様々な問題が「コロナ禍だから」と言われがちですが、実はそれ以前から自律した生活を送っていたか?という所で、差が表れているんですね。

自律が難しく、現状課題を抱えている方には、強制的に命令的に伝えても響かないので、ここまでお伺いしたポイントを押さえていかに自分事にしてもらうか?という所が、今の生活スタイルの中でも取り残されていく人が減るポイントになりそうです。

あとがき

今回は、健康経営に取り組む企業が「睡眠課題」に取り組んだ成功例をお伺いしました。

次回は社員の方の睡眠を守る為に「どのようにアドバイスができるか?」といった話や、素質(遺伝子タイプ)による違いなど、より具体的なお話を伺っていきます。次回もお楽しみに!


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【プロフィール】
菅原洋平
作業療法士。ユークロニア株式会社代表。
アクティブスリープ指導士養成講座主催。
国際医療福祉大学卒。
国立病院機構にて脳のリハビリテーションに従事したのち、
現在は、ベスリクリニック(東京都千代田区)で薬に頼らない睡眠外来を担当するかたわら、生体リズムや脳の仕組みを活用した企業研修を全国で行う。
その活動はテレビや雑誌などでも注目を集める。
主な著書に、13万部を超えるベストセラー「あなたの人生を変える睡眠の法則」、12万部突破の「すぐやる!行動力を高める科学的な法則」など多数。