集中してパソコン作業をしている最中、ふと気がつくと歯をグッと噛み締めていた ― そんな経験はないでしょうか。
慢性的な首・肩こりにお悩みの方で、仕事中に肩を揉んでみたり、マッサージや整体でケアをしてもらったりすると、その時は軽くなったように感じても、数日後にはまた元通り… ということはないでしょうか。
首・肩こりの原因というと、不良姿勢や長時間の座りっぱなし、パソコンやスマホの長時間使用、運動不足などが思い浮かぶかと思います。もちろんどれも大切なポイントですが、それらの対策をしてもなかなか良くならない方に、一度確かめていただきたいのが「仕事中に歯を噛み締めていないか」という点です。
実は、「噛む筋肉(=咀嚼筋)」と首・肩の筋肉は機能的に連動していて、歯を噛み締めると首や肩の筋肉も一緒に働きます1。
また、顎関節症(アゴの関節や噛むための筋肉に負担がかかり、アゴの動きに支障をきたす病気)がある人は、首の可動域が小さく、首の筋持久力が低いことが報告されています2。反対に、首の痛みがある人は、首の痛みがない人に比べて顎関節症を持っている割合が高いことも示されています3。
つまり、アゴと首・肩の不調は “お互いに” 関わり合っている可能性があるのです。
本記事では、首・肩こりの対策として「日中の無意識な噛み締め・歯の接触」に注目し、アゴの力みがどのように首・肩の負担につながるのか、そして噛み締めを減らして首・肩をラクにするための方法を、科学的根拠を元に解説していきます。
安静時、上の歯と下の歯はくっつかないのが正常

今、あなたの上下の歯は触れていますか?
特別な運動や仕事をしていない、心身ともにリラックスしている「安静時」は、上の歯と下の歯はくっつかず、少しスキマがあいている(=離れている)のが正常です。一般的には2〜3mmほどと言われますが、これは個人差があることがわかっています。
下アゴがこのように安静な状態では、咬筋(こうきん:食べ物を噛む時に使われる、頬のあたりにある強い筋肉)や側頭筋(そくとうきん:こめかみから耳の上あたりに広がる咀嚼筋)はほとんど活動していません。
40人を対象にしたMichelottiらの研究4では、上下の歯のスキマを1mmずつ広げながら筋肉の活動を測定したところ、スキマが3〜4mmになるまでの間に、咬筋と側頭筋の筋活動が大きく減少したことが報告されています。
逆に言うと、下の歯が触れているだけで、アゴの筋肉は “休めていない” 状態になりやすいということです。
歯列接触癖(Tooth Contacting Habit)とは?
食事や会話をしているわけではないのに、上下の歯を軽くでも触れさせ続けてしまう習慣は「歯列接触癖」と呼ばれます。
ふと気づいた時に上下の歯が触れていたとしても、それだけで “異常” というわけではありません。しかし、そのような状態が長い時間続いているのであれば、咀嚼筋が必要以上に働き続けている可能性があります。
日本企業で働く成人2,203人を対象としたNishiyamaらの研究5では、歯列接触癖がある人は、ない人と比べて、アゴの痛みなどの顎関節症に関連する症状を持つリスクが約1.9倍高いことが報告されています。
また、慢性的なアゴの痛みで受診した顎関節症患者229人を調べた研究6では、半数以上(52.4%)に歯列接触癖が見られ、歯列接触癖があると痛みが長引きやすい傾向が示されました。更にこの研究では、細かい作業に集中する仕事(精密作業など)に従事していることも、歯列接触癖と関連していたことが報告されています。
画面に集中して細かい作業を続けるデスクワークは、まさに歯列接触癖が起こりやすい環境と言えるかもしれません。
アゴの力みが首・肩こりにつながる4つの理由

「歯が軽く触れているくらいで、首や肩が凝るの?」と疑問に思う方もいるかと思います。ここでは、アゴの力みと首・肩の負担の関係を、3つの視点から見ていきます。
1)噛みしめると、首・肩の筋肉も一緒に働く
アゴの動きは、咀嚼筋だけでは完結しません。頭を安定させ、噛む力を効率よく発揮するために、首や肩まわりの筋肉も協調して働きます。
健康な成人を対象に、噛む力の大きさや方向を変えながら首の筋肉の活動を測定したGiannakopoulosらの研究1では、噛み締め中に僧帽筋(そうぼうきん:首の後ろ〜肩・背中に広がる、いわゆる “肩こり” を感じやすい筋肉)や胸鎖乳突筋、肩甲挙筋、頭板状筋といった首・肩まわりの筋肉が一緒に活動することが確認されました。その活動量は、最大筋力のおよそ3〜10%でした。
決して大きな負荷ではありませんが、ポイントは「噛みしめるたびに、首・肩の筋肉にもスイッチが入る」ということです。仕事中に何度も噛み締めや歯の接触が起これば、その度に首・肩の筋肉も小さく働き続けることになります。
2)弱い力でも、長く続けば筋肉は疲れる
では、弱い力の噛み締めは本当に負担になるのでしょうか。
健康な男性11人を対象にしたSvenssonらによる研究7では、最大の10%という弱い力で60分間噛み締め続けてもらったところ、全員がアゴの筋肉に疲労感を感じ、11人中7人が痛みを訴えました。
一方で、首の筋肉(胸鎖乳突筋)を最大の15%の力で10分間収縮させた研究8では、痛みに敏感になるような変化は起こらなかったと報告されています。
これらの研究を合わせて考えると、短時間の軽い力みですぐに痛みが出るわけではないものの、弱い力みでも “長時間” “毎日” 続くことで、筋肉の疲労や痛みにつながり得る、と言えるでしょう。
毎日長時間パソコンに向かうビジネスパーソンにとっては、「弱いけれど長く続く力み」こそ、注意したいポイントです。
3)アゴと首は「痛みの感じ方」でもつながっている
顎関節症がある人の首の状態を調べたレビュー(21研究・2,180人を分析)2では、顎関節症がある人は、ない人と比べて次のような傾向があることが報告されています。
- 首の可動域が小さい(特に首の上のほうの動きが硬い)
- 首を後ろ側の筋肉(伸筋)の持久力が低い
- 首の不調による日常生活への支障をより強く感じている
反対に、首の痛みがある人を調べたレビュー3では、首の痛みがある人のほうが顎関節症を持つ割合が高く、口を開けられる幅が小さく、咬筋や側頭筋を押した時に痛みを感じやすいことが報告されています。
一方で興味深いのが、いわゆる見た目の姿勢(頭や首の位置)は、顎関節症がある人もない人も特に差がなかったという点です2。
ここから言えるのは、「姿勢が悪いから顎関節症になる」「噛み締めが必ず首こりを起こす」といった単純な因果関係ではない、ということ。アゴと首は、筋肉の連動や痛みの感じ方など、複数の経路で関わり合っているため、首・肩の不調を考えるときにアゴを無視しないほうが良い、ということです。
4)ストレスは「噛み締め」を介して首・肩に出る
「肩こりはストレスも原因となる」ことはよく言われますが、その間に “噛み締め” がはさまっている可能性があります。
前述した、日本企業で働く成人2,203人を対象とした研究5では、ストレスや抑うつ気分、慢性的な疲労といった「心理社会的要因」が、アゴの症状に直接影響する度合いは小さい一方で、「心理社会的要因 → 歯列接触癖や食いしばりなどの習慣 → アゴの症状」という流れの影響がより大きい、ということを示しています。
つまり、ストレスによって生まれる “噛み締め・食いしばり” という行動のほうが、症状により強く関わっている可能性があるということです。
根本の原因となっているストレスを対処していくことはもちろん重要ですが、仕事のプレッシャーやストレスをなくすのは、なかなか難しいものかと思います。
ですが、ストレスへの身体の反応として起きている噛み締めに気づいて、意識的にゆるめることなら、今日からでもできます。この行動が、アゴだけでなく首・肩まわりの力みを減らすことにもつながるかもしれません。
【+α】首のケアに「アゴのケア」を加えると?
慢性的な首の痛みを持つ成人42人を対象にした研究9では、首だけをリハビリするグループと、首に加えてアゴ(顎関節・咀嚼筋)へのアプローチも行うグループを比較しました。
その結果、両グループとも改善したものの、アゴへのアプローチを加えたグループのほうが、首の痛みと首の不調による生活の支障が短期的により大きく改善したことが報告されています。
ただし、アゴのケアを加えたグループは、1回の施術時間も長かったため、「アゴのケアそのものの効果」なのか「ケアの時間が長かったから」なのかははっきりしていません。
それでも、首・肩のケアだけで改善しきれない方にとって、アゴにも目を向けてみる価値はありそうです。
歯の接触・噛み締め・食いしばりが起こりやすい場面

以下のような場面では、歯の接触やアゴの力みが起こりやすいと言えるでしょう。
- 締め切り前の資料作成や校正中
- 分析作業・プログラミングなど、長時間の集中を要する作業中
- オンライン会議で、話さずに画面を見続けている時間
- 小さな数字や細かい文字を読んだり、スマホで文字を入力したりと、視線を一点に集める作業中
- 混雑した電車や車の運転中など、身体が固まったり緊張しやすい状況
- 緊張する会議、プレゼン、対人場面
- 疲労が高まる夕方以降
これらの場面に共通するのは、「集中・緊張した状態で、長時間同じ姿勢が続く」ということです。
画面をのぞき込むように頭が前に出た姿勢になっていると、首・肩の筋肉はただでさえ頑張って頭を支えています。そこに噛み締めが加わると、首・肩の筋肉にとってはまさに “ダブルパンチ” です。
逆に言えば、このような場面で「噛み締めていないかな?」とセルフチェックができるようになると、無意識の力みを意識的にゆるめることができるようになります。
首・肩こりを軽くする、日中の3つの習慣

慢性的な首・肩こりに悩んでいて、「もしかしたら噛み締めや歯の接触があるかも…」と感じた方は、以下の3つを仕事中や日常生活の中で意識してみましょう。
1)「歯が離れている」状態を覚える
まずは、アゴが休んでいる状態=「歯が離れている状態」を身体に覚えさせましょう。首・肩の力も合わせて抜くのがポイントです。
- 鼻からラクに息を吸い、口からゆっくり吐きます
- 唇は軽く閉じたまま、上下の歯をそっと離します
- 舌先を、上の前歯の少し後ろの口蓋(=口の天井部分)に軽く触れさせます
- 息を吐きながら、肩をストンと下ろします
- この状態のまま、10〜15秒ほどゆったり呼吸を続けます
大切なのは「唇を閉じること」ではなく、奥歯を当て続けず、アゴの筋肉を休ませる時間をつくることです。
安静時の口の状態には個人差があるため、「何ミリ離すべき」と決める必要はありません。広めに離したほうがラクな場合は、離してOKです。
「口の中が少し広く感じる」「奥歯が触れていない」「アゴの付け根や首すじがゆるむ」といった感覚を目安にしてみてください。
2)口の状態をチェックする「きっかけ」を決める
噛み締めや歯の接触は無意識に起こるため、自分では気づきにくいところが対策の難しいポイントです。そこで、日中の仕事の流れの中に、口の中の状態を確認する「きっかけ(トリガー)」を設定しましょう。
顎関節症の患者30人を対象にした研究10では、パソコンなどに付箋を貼って歯の接触に気づくきっかけにしたグループや、メールで定期的にリマインドを受けたグループで、日中の歯の接触の頻度が大きく減ったことが報告されています。
きっかけにしやすい場面・方法の例は下記です。
- パソコンやモニターの端に「歯を離す」と書いた付箋を貼っておく
- メールの送信ボタンを押すたびに、歯が離れているかを確認する
- 自席に座った時や、ランチで座った時に、歯が離れているかを確認する
- オンライン会議に入室するたびに確認する
- 午後に眠気を感じたら、立ち上がって、1)の呼吸を行う
「1時間に1回確認する」といった方法だと、仕事に集中していたり、会議が続く忙しい日は忘れてしまいがちです。毎日必ず行う行動と紐づけることで、確認するきっかけになりやすく、習慣化しやすくなります。
まずは1週間ほど、1日に数回「歯を離す」を試してみて、首や肩の重さ、アゴの疲れなどに変化があるかを確認してみてください。
3)首・肩ケアとセットでアゴもゆるめる
普段から首や肩のマッサージ・ストレッチなどの “肩こりケア” を行っている方は、そこに「アゴのケア」も追加してみましょう。
- 咬筋(こうきん):頬骨の下からエラにかけての、噛んだ時にふくらむ部分
- 側頭筋(そくとうきん):こめかみから側頭部にかけての部分
この2ヶ所に指の腹を軽く当てて、小さな円を描くようにやさしく指圧し、張りや痛みの程度を確認してみてください。
アゴまわりがゆるんだ後に首・肩のストレッチを行うと、いつもより首が動かしやすく感じるかもしれません。
首・肩のストレッチやエクササイズについては「肩こりには3種類ある!原因別肩こり軽減方法【ストレッチも紹介】」や「ストレートネック改善4ステップ|肩こり・頭痛・背中の痛みの改善にも!」の記事で詳しく紹介していますので、合わせてお試し下さい。
軽いセルフマッサージで痛みが和らいだり、アゴまわりがラクに感じたりするようなら、ぜひ続けてみましょう。
まとめ
首・肩こりは、首・肩だけの問題とは限りません。姿勢、座りっぱなし、休憩不足、画面作業、睡眠、ストレス、運動量など、複数の要因が重なって起こることがほとんどです。
そのなかで「仕事中に上下の歯が触れ続けている」「無意識に噛み締め・食いしばりが起こっている」というのは、見落とされやすいチェックポイントの一つです。
- 安静時は、上下の歯の間にスキマがあり、アゴの筋肉はほとんど休んでいる
- 噛み締めると、僧帽筋や胸鎖乳突筋など首・肩の筋肉も一緒に働く
- 弱い噛み締めでも、長時間続けばアゴの筋肉の疲労や痛みにつながり得る
- 顎関節症がある人は首の機能が低下しやすく、首の痛みがある人は顎関節症を持つ割合が高い
- ストレスは「噛み締め」という行動を通して症状に影響している可能性がある
- 付箋などの “きっかけ” を使うと、日中の歯の接触を減らしやすくなる
肩をほぐしてもすぐ元に戻ってしまうという方は、作業環境や休憩の取り方を見直すとともに、まずは10秒だけ「奥歯を離して、肩を下ろす」時間をつくってみてください。
アゴの力みがほどけると、首・肩もふっと軽くなるかもしれません。
参考文献・資料
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